日本は昔から、女性が結婚する際に着物を詰めた大きな桐ダンスなどの家財道具を「嫁入り道具」として用意する習慣がありました。
今は住宅事情やライフスタイルの変化もあり、「嫁入り道具」なんていう言葉自体がもう死語かもしれませんね。
でも実は昔のヨーロッパでは「リネン」を「嫁入り道具」として持たせる風習があったんです。
今回はそんなリネンの風習に関するお話です。
結婚はたくさんの人に祝ってもらえるお祝い行事です。ただ「嫁入り」という言葉がある通り、多くの場合「女性の結婚=男性側の家に嫁として入ること」になります。つまり結婚は昔から女性が自分の家族と離れて、人の家の人間になるということを意味していました。
日本においても、明治〜昭和時代を描いた朝ドラなんかを見ると昔はなかなか結婚して嫁ぐ女性の里帰りが許されていなかったりしますよね。
結婚とは女性にとってそういうものだったのです。戦後、家制度は廃止されたと言われますが、新型コロナウイルスの緊急経済対策として実施する全国民向けの一律10万円給付が「世帯主」への一括給付であったり、夫婦別姓が認められていなかったりする現状をみると、まだまだ結婚においては家父長制の根深い問題があります…‥。
って、話がそれました!
とにかく結婚する女性の緊張と不安を和らげるためにも、嫁いでいく娘のはなむけとしても「嫁入り道具」は存在していました。この「嫁入り道具」の風習というのは、世界各国に存在します。
ヨーロッパでは、花嫁が結婚する時に自分と花婿のイニシャルを刺繍したハウスリネンを嫁入り道具として持っていく風習がありました。
もともとは19世紀の上流階級の間から広まったもので、令嬢の嫁入りの支度として、花嫁衣装はもちろん、嫁入り装具としてフリルのついた下着や産着、そしてカバーやシーツといったハウスリネン類一式も大量に持参させていました。
それはそれはあまりにも膨大な数で、相当の金額がかかっていたようです。
もちろん嫁ぐ女性が身の回りのものを整えることは古くから行われてきたことですが、19世紀半ば頃には、女性向け雑誌やエチケット本でも大きく取り上げられるようになっています。
娘が嫁入りする際に、権力と財力のある大貴族はお金に糸目をつけない豪奢な嫁入り道具を準備していたんです。
世界初の百貨店といわれるパリの老舗デパート「ル・ボン・マルシェ」で20世紀のはじめにあった嫁入り道具のおすすめセット例は……
6ペアのシーツ、
24枚のピローケース、
36枚のテーブルナプキン、
3枚のテーブルクロス、
24枚のディッシュタオル、
12枚のハンドタオル、
24枚のバスタオル、
6枚のエプロン、
12人分の完璧なテーブルセッティングに
必要なカトラリーセット。
ですって。すごい量ですよね……これ全部持っていくんですか!
写真のようにwafuの日用雑貨をかき集めてその量に対していさわさんに驚いてもらいましたが、実はこれだけ集めても上記のセットにはまだ足りない!それだけ多くの嫁入り道具を持って行ったんですね。
たくさんの嫁入り道具を持たせることは、裕福さや家柄の良さを示す財力の証明でもあったと思います。でももちろん、一生分の「リネン」をセットで持たせるというのは、娘の一生を守り、末永い幸せを願っている親心でもあると思います。
今では一生分のリネンを持たせる習慣もほとんどなくなってしまったのですが、
イタリアの田舎や北欧、ポルトガル、トルコなどその習慣を残す地域がわずかにあります。
たとえば、女の子が生まれると、その子のタンスの引き出しに結婚するときに身につける下着を入るそうです。
そして毎年、誕生日を迎えるたびにタンスのなかに嫁入り道具としてリネン製品を増やし、揃えていくのだとか。
また結婚が決まると、リネンのベッドカバーに豪華な刺繍を施し、嫁入り道具のひとつとして嫁ぐ日のために準備するということもあるそうです。
「リネンは、大切にすれば100年持つ」と言われるほど丈夫なアイテム。
結婚のお祝いにおばあちゃまの代から受け継ぐリネンを持つことも多かったと聞きます。質の良いリネンに触れると、代々受け継いでも使いたい気持ちは十分に理解できます。
近年は日本でも、海外のアンティークアイテムを扱う蚤の市イベントが全国各地で行われていたりしますよね。
フランスなどの蚤の市で仕入れられたアンティーク雑貨のなかに、リネンのファブリックアイテムを見かけたことはないですか?
実は味わい深いアンティークリネンはとても人気があります。
使えば使うほど魅力を増すリネンのアイテム。
誰かの人生を支えてきたリネンアイテムを、その歴史を、受け継いでみるというのも趣があっていいですね。
そのアイテムは、かつて親が娘を祝福するために準備し、花嫁の人生を支えたリネンかもしれないんですから。
文・綿貫大介 写真・岡田さん Pixabay 出演・いさわさん